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  • 2016.06.17 Friday
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今までさほど興味のなかった、

「魔女」

というワードが、

最近読んだ本で「イギリス魔界紀行」〜妖精と魔女の故郷へ〜で
とても興味深い世界となっていた。魔女

魔女のイメージは、ほとんどがテレビで影響されたものになる。
(奥様は魔女とか、魔女っこメグちゃんとか・・・。古すぎでしょ。笑

漠然としていて本当の魔女の姿というのは、どんなものだったんだろう・・・。

タイムリーなことに3日前。

たまたまテレビで、
大阪・天保山で「魔女の秘密展〜ベールに包まれた美と異端の真実」が

開催されてるということを知り、昨日行ってきたのだ。


魔女の秘密展1

展示会場の入口には、「魔女帽子付き音声ガイド」の貸し出しが!


魔女の秘密展2


ヨーロッパでは古くから“ 魔女”の存在が信じられてきました。
それはグリム童話の魔女や
著名な画家たちが
描いた絵画などからも推測することができます。

“ 魔女”とは悪魔と契約を交わし、超自然的な力を得て人々に災いをもたらす者―。
空想と現実の世界をたゆたうその存在は、人々を脅かせました。

しかし、15世紀から17世紀にかけて行われた『魔女狩り』によって、
民衆が“ 魔女”に仕立て上げられ、迫害を受けることになるのです。

その発端は何だったのか、
どのような人が魔女とされ、その対象は本当に女性だけだったのか―。

本展は、
今までうかがい知ることのできなかった“ 魔女”を日本で初めて、多角的に紹介するものです。
日本でイメージする魔女とは異なる、「本当の魔女」の姿とは―。

ドイツ・プファルツ歴史博物館、ローテンブルク中世犯罪博物館のほか、
オーストリア、フランスの各美術館・博物館の全面協力のもと、

絵画やまじない道具、魔女裁判に関する書物や資料、
拷問道具など、日本初公開を含む約100点を一堂に紹介。
妖しくも悲しい魔女の魅力と歴史の真実を紐解いていきます。


もうね、興味深いものばかりで
2時間以上も会場で展示物を見ておりました。きらきら




《ブレーフェルル(護符)》
18世紀
リート、インフィアトラー民俗学ハウス


ハインリヒ・クラーマー
1519 年版 ミステルバッハ牧師館

魔女事件のことなどが、詳細に記さている資料。


そして、展示物の中でも目が釘づけになったのが、


star「五芒星のゆりかご」(これ書かれてる絵とかすごく可愛いの)

star「スモーキークオーツの聖杯」(1500年代のものだけど、彫られてるデザインが繊細で素敵でした。)

star「魔女の絵巻物」 (なぜか個人的にこれにとても惹かれた) 
  これも1500年代のもで、
  魔女が使う護符が沢山書かれててその裏には神秘の言葉や魔術が記されている。


魔女たちが伝承した古い生活の知恵や行事の知識のことを、

「魔女のわざ」という。

病気に効く薬草、魔除け、暦の知識など様々なわざを持っていた。

ところが、
この「わざ」は中世に魔女狩りが起きたときから

「妖術」あるいは、
「呪術」といういかがわしいイメージにおとしめられた。

それまでのマジックや魔女のわざは全て、地霊の力を引き出す、

自然魔術に含まれており、

キリスト教のいう「悪魔」と契約を交わした

反社会的な妖術師のものではなかったのだ。
 

読んだ本の中で
『現代の魔女』の言葉がとても印象的だった。


魔術についての勉強もしたが、

真に大切なことは、
知識の詰め込みでなくインスピレーションを磨くことだと実感したという。

大地には、
地霊が住み地霊は「草や石や木や花」を通じて様々なシンボルを発信している。

つまり自然は、地霊の書く本のようなもの。
これを読むことができれば、何でも分かる。

病気にどんな草が効くか、どの水が神聖か、どこが肥沃か、といったことは

そのシンボルを見つければよいのだ。ゆう★

滋賀県の立木観音でパワーを充電した後、

美味しいコーヒーを飲みたくて近くのカフェへ立ち寄った。

カフェの外観は、何てことはない・・・。感じ。




扉を開くと・・・


そこにひろがるのは・・・




ここは、「立木音楽堂」という。
カフェとしての営業は、土、日のみで通常は
店名の通り、観客50人規模のコンサート会場として使用されている。

瀬田川湖畔にあり、ステージ奥に特大のガラス窓から瀬田川の風景を楽しめる。



月1回、不定期で無料コンサートが開催されているそうだicon12。(画像おかりしました)


真ん中のお席に案内されて、
美味しいコーヒーとケーキを頂く至福の時間。サキ




クラッシックが流れ、川の流れに癒され、
「ここに来て良かったね。」と隣にいる夫に声をかけた。


すると、目を閉じ静に腕を組んでクラッシック音楽に聞き入ってる。


かのように、見えた。

が、

爆睡していた・・・。ゆう★


この絶景を前にして、見ることもなく。

誰ひとりとして寝てはいない空間で、寝る。

コーヒーとケーキを食べ満足したのか、800段という階段で疲れはてのだろうか、、?

心の中で問いかけつつ、

川の流れを眺めながら、コーヒーを飲んで一人の時間を楽しみました。ハート

この後、
大津プリンスで開催された、「アール・ブリュット展」へ。

会場は、多くの方が興味深く「ユートピアの創造主たち」の世界を楽しんでいた。

海外の作品も多く展示されていて、魅了されてしまう。

次回は、近江八幡市の町屋で開催されるというので

また、滋賀県を散策してきます。星






















 

昨年から滋賀県へお出かけすることが多くなった。

アール・ブリュット展が開催されるというの一つの理由なのだけど、

訪れてみると素敵な場所が多くてとても魅力的。

今回は、
大津プリンスホテルで開催された、

アール・ブリュット展に車で行くためグーグルの地図を見ていた。

すると、ある場所がひときわ大きく目に飛び込んできた。

『立木観音』・・・。

心のナビゲーションがチカチカと反応する→屋久島の時と同じくゆう★となり、

「行ってみようびっくり」となる。

自宅から約1時間30分ほどで到着。

とても美しい川沿いに、「立木観音開山1200年」の看板が立っていた。








ここは厄払いの場所としても有名らしく、

なんて良いタイミング。ゆう★

この場所に弘法大使が訪れた時は42歳。

夫も今年42歳。
有難くお参りさせて頂く。お願い


〜立木観音〜

1200年前、弘法大師が諸国をご修行中、
不思議な霊験のお導きにより光る霊木を見つけられました。

瀬田川のほとりにおいでになりますと、急流に阻まれわたることができませんでした。
困っておられる所へ白い牡鹿が現れ、
大師を光る霊木まで導き観世音菩薩に変げしました。

 大師はちょうど四十二歳の大厄にあたっておられたので、
観音様にお導きいただいたのだと感喜され、

未来永劫の人々の厄難厄病を救うために自身の身の丈にあわせて聖観世音菩薩の尊像をお刻みになりました。
またその余木をもって脇侍・御自身の尊像をお刻みになり、小さなお堂を建て安置されました。
 
大師はその後、
高野山を開基されたので、立木観音は「元高野山」とも呼ばれています。



      ご修行中の弘法大使様

約800段の石段を登ったところに「立木観音 立木山安養寺」があります。



800段って書いてあるのを見た時は、

「なんてことないでしょっ。」て

思ったけど、到着したときしばらく動けませんでした。パンダ

本殿で今年2度目のお参りをし、2度目のおみくじを引いた。

それぞれに筒を思い切りフリフリし出てくるおみくじ番号を確認。

「何番?」

「11番」・・・。

「はぁ!? 私も11番ゆう★。」

そう、今年2回目のおみくじも全く同じ番号で同じ内容。

今回も「吉」。

2度目はね、笑えない。

むしろ「なんで同じの引く?!」と真顔な二人。

こうなれば、3度目もトライしたくなるけど同じだと・・・。ゆう★

さて、気持ちを整えて、
厄を払えるという鐘があるというのでさらに石段をあがる。





みなさんの鐘の音を聞いてると、
念じる思いがそのまま「鐘の音」にあらわれてるようで面白い。おんぷ

鐘の一つき、されど一つき。

気分爽快となり、山を下りる。

この後、ここからほど近い場所にある絶景カフェへ・・・。きらきら


                                後編へ続く。星


 

「ざわざわするココロとカタチ」・・・

アール・ブリュットという言葉を知ったのは2年ほど前。

その意味は、

「生(き)の芸術」というフランス語。
 正規の芸術教育を受けていない人による、
 技巧や流行に囚われない自由で無垢な表現を讃えて、
 1945年にフランス人画家のジャン・デュビュッフェが創り出した言葉。

 「アウトサイダー・アート」と英訳され、世界各地へ広まった。

 現代では、作家の心のあり方に本質を置き
 魂の叫びや無意識から生まれる多種多様な表現を含んで、
 アール・ブリュットと捉えられている。」


 そんなアート作品を見てみたい。

 そんな願いが叶ったのが昨年末、

作家「田口 ランディ」のTwitterで
アール・ブリュット展が滋賀県大津で開かれていることを知ったのだ。


20年ぶりくらいに訪れた滋賀県大津。

友達が住んでいたので昔はよく遊びに訪れた。

そんな思い出を感じながら、

アール・ブリュット展が開催されている大津パルコへ。

館内は、閑散としていてとても静か・・・。

各階に作品が展示されているのだけど、誰も作品に目を向けている様子もない。

私は、初めて見る作品に興味津々でもう釘付け状態。ゆう★

作者の繋がってる世界観へと、いざなわれ普段とは違う回路が刺激されるようなそんな感じ。

その中の一部をご紹介。

この作品は、色とりどりのバージョンが沢山展示されていたんだけど
「音」がエンドレスに聴こえてくるような作品で、
ずーとこの作品の前に立ち尽くし、その「音」を聞いてた感じ。
こんなの初めてだなぁー「聴くようなアート」って思って
彼の紹介文を読んで、その謎が解けたのでした。



藤岡祐機 Yuki FUJIOKA 1993年生まれ 熊本県在住

「彼が紙を切る姿を見て驚いた。
その技巧はもちろんのことだが、私が何より驚いたのは、そこにあった彼自身の世界だった。

彼は自分が聴きたいクラシック音楽を大音量でかけ、
その音量を調節しながら身体を前後に揺らし、紙にハサミを入れていた。
同じ部屋に誰がいようとも、彼のその世界は揺らぐことがないように見えた。

藤岡は幼少の頃からハサミを好み、小学生の時には思うままに形を切りそれを自分で並べていたようだ。
彼の母はそれを保存し、
熊本市現代美術館で彼の作品が展示されることになったときは壁一面が彼の作品で埋め尽くされ、

また切ったものをファイルに入れたものはなんと300冊近くになった。

中学生頃から今のように紙を細く切るようになり、今ではその細さが髪の毛ほどとも思えるほどである。

紙に色を塗り、切られた細い紙はウェーブし裏側の色が見え、
今まで見たことのない美しさに対面する。紙は持った外側から切っていく。切り終わりには必ず、大きな切り目を入れる。」



この作品、タイトルが「うさぎのリンゴ」うさぎ

もうね、このタイトルだけでぐっときてしまう。
想像からきてるのか、

内なる世界の住人にこの「うさぎのリンゴ」が存在しているのか・・・?



西川智之 Satoshi Nishikawa 1974年生まれ 滋賀県在住

彼の粘土造形のユニークな特徴は、小さな一つのモチーフをくり返し増殖密集させてゆき、
一つの大きな集合体を形作るという方法である。

「帆船」を形成するのは水兵さんたちの集合体であり、「りんご」を形成するのはなぜかウサギたちの集合体である。
彼は粘土造形に向かうと大変な集中力を発揮し、休憩すること無く約3〜4時間で一気に作品を完成させていたようだ。

彼は1990年〜1994年の4年間、
知的障がい児施設で生活し、窯業班で作品を作っていたが、現在はその施設を出て、
家族と暮らし知的障がい者の作業所に通って仕事をしている。今は粘土作品を作ることはほとんど無い。


さて、次のアール・ブリュット展が

滋賀県大津プリンスホテルで開催されます。おんぷ

羽「ユートピアの創造主たち」展 
 2月6日〜8日
同展では、日本のアール・ブリュット作品にあわせて国内外の建造物等の巨大な作品も
写真パネルで紹介することにより、
アール・ブリュットとその表現の広がりを会場全体で体験して頂けます。

 観覧料500円

小学生以下、障害のある方と付き添者1名無料




 

屋久島の旅2日目。

この旅でやっと予定どうり、白谷雲水峡へとトレッキングに出発。

山深い道の途中で、出迎えてくれたのは「鹿」と「猿の親子」だった。



カーブの道で、突然に現れたものだから急ブレーキで停車しても

動物たちは、「何かしら?」と言わんばかりでゆっくり横断して行く。

ここの掟のようなものを、動物に出会って一つ一つ学んでるような気持ちになった。

人間が中心の都会とは、全く違う秩序がこの島には遥か昔からあって

そこに足を踏み入れることに、気持ちを正すような心構えになってくる。

白谷雲水峡 

ここのトレッキングは、初心者向けです、、と
雑誌には書かれていたのでお気楽な気持ちでスタートしたのだけど、

ものの10分ほどで、すでに息が上がりまくるという情けない状態になる。涙



勾配がなだらかな感じを想像していたのは、勘違いだということにすぐに気づいた。

わりと急な感じの場所も多くあって、いつ膝が笑いだしてもおかしくない状態なのだ。

道半ば、心折れそうになった時に、

ふっと、ある少年の言葉が思い出された。


その少年は、お笑い芸人の息子さんで小学3年生。

お父さんと初めて登山に行くという番組で、道が険しくなっていく中

息も絶え会話も出来ないくらいの状態になった時に、

突然少年が、

「そうそう、僕が感じたかったのはこういう登山なんだよ。
 やっと、良い感じの山道になってきた!!」


「お父さん、僕ね
 険しい道と向きあって、自分の人生を極めたいんだよ。」

小学3年生の言葉とは思えないほどだった。

テレビを見ながら、
この子供はきっと高僧のような年輪のあるに魂に違いない・・・。と感じた。


そう、険しい道に出会いそのことを思い出したのだ。

同じ状況で私の心が語りだそうとしたのは、、

「無理だったらさ、引き返そうよ・・・。」

なんて情けないんだろうか。パンダ

笑いだしそうな、膝をさすりながら呟く自分の未熟さを痛感する出来事。


どんどん進むにつれて、森の静けさの中に

小さな動物や植物の息つかいまでもが聴こえてきそうな深い緑の世界。





ここに何千年も前から住んでいる精霊や杉の木たちに挨拶をしながら進む。



幾重にも積み重ねられてきた木々たちの歴史を目の当たりにして、
ただただ、その迫力には言葉も出ません。

切り株だけとなっても、この長老は大切な話しを聞かせてくれそうな感じが・・・。



ふっと途中で気づいたのだけど、
どんどん、深い森の中と入っていくと、さっきまでのしんどさは驚くほど感じない。

空気の濃さが、体力を回復させてくれるんだろうか?

とにかくパワーがみなぎってきて、驚くほどの速さで下山できたのでした。きらきら




とても可愛いプロペラ飛行機で屋久島空港に到着しのはお昼過ぎ。

少し暑さを感じるものの、
空気が澄んでいて身体がとても軽ったような気がして心地良くって

知らない乗客の皆さんとはしゃぐ。サキ

屋久島では、めずらしくお天気が良いという曇り時々晴れ。蜂


ホテルの方が空港まで迎えに来て頂いて、約40分ほどで
「サンカラホテル&スパ」に到着。



エントランスを抜けると、海外のようなリゾートが広がる。

海と空のラインが水彩画のような景色。

屋久島のサンカラ ホテル&スパ

海と山に囲まれたこの空間で、
本を読んだり、お昼寝をしたり、何でもない時間が最高の贅沢だと感じる。




お部屋は、コテージになっていて広々とした落ち着く空間になっています。






お部屋のドリンクは、お水からビール・ジュースに至るまですべてフリーで
飲んだ分は毎日補充してくるという嬉しいサービス。ゆう★



ハーブティーのパッケージが素敵です。ハート


夕食まで時間があったので併設のスパで
初体験のタイ式オイルマッサージを受けて意識は遥か彼方へと・・・。
 


 

こちらにあるのは、「アジアハーブアソシエイション」という、
タイ・バンコクに本社を置くサロン。

「サンカラホテル&スパ屋久島」にあるのは、日本の第一号店だそうです。

温熱トリートメントで使用するハーバルボールの素材は、
化学肥料や農薬を一切使用せずに育った18種類のオーガニックハーブ。
伝統の調合に基づいて、タイ現地の自社工房で手作りされているそうです。

ハーバルボールを蒸して温めたものを、身体の「セン」と呼ばれる、
エネルギーの流れるポイントに押し当てて、代謝を高めていきます。


夕食は、シェフの創作をライブで見ることのできるオープンキッチン。



フレンチのフルコースは、屋久島や鹿児島の素材を使ったもので
お料理のひとつひとつに愛情が感じらて、感動しきりの2時間。ゆう★

シェフは、神戸の有名フレンチで10年修行されたこともあるということで
明石から来たことを伝えると、

明石のおいしいお店を教えてくれたりと、とても気さくな方でした。



今まで宿泊した中で、一番心地よく素敵なホテルでした。kira
 

迷いながらも、
やっと辿り着けたその洞穴は、鹿児島県曽於市にある「溝ノ口洞穴」。



溝ノ口洞穴(みぞのくちどうけつ)は、
霧島山系の地下水の浸食作用によってできた地下洞穴で、

入り口の横が13.8m、高さ8.6m、全長224mの大きな洞穴で、
内部の一番広い部分は幅が40m、狭い所で15mある。

関西大学の探検隊も入洞し調査できたのが、224mまでで未だに全貌は明らかになっていない。
洞窟で犬を放したら、高千穂峰に現れたという話しが残っている。


この洞穴は縄文時代の住居跡でもあり、当時の暮らしを知る上で重要な場所になっているという。



吸い込まれるように、
洞穴の中に入って行くとそこはどこまでも続く「ブラックホール」のような真っ暗闇の世界。

ひんやりとした空気が漂い、
地底から微かな「音」を感じて耳を澄ましてみるけど、

アーチ型の天井に反響して、耳の奥でこだまするように響いてくる。



その音を聞きながら、
暗闇の世界の先に広がる、光の世界を傍観者のように眺めていた。

心の世界ってこんな感じなんだろうか。

闇の中を彷徨い、、時には出口の見えないループにはまりそうになったり、

光を見失いそうになりながらでも、

その先に存在している光を求め歩き続ける。

その光は、誰かに与えてもらうわけでもなく、見つけてもらうものでもなく、

ひとつひとつ紡ぐように、光の帯を編上げていくようなものかもしれない・・・。


どんなに見て見ぬふりをしようと、

自分を諦めるわけには、いかないんだから・・・。


ふと、
そんなことを思いながら光の射す入口を見てると、

光を纏ったものが揺らめいていることに気づいた。

その揺らめいている光は、とても綺麗なドレープを風になびかせてるように見える。


あれって、観音様がいるところ!?


入って来るときにチラッと見たときは、何も感じなかったのに。

洞窟の中からだと、なんであんなに神々しく光って見えるんだろう。ぱんだ

暗闇の世界だからこそ、気づけるのかもしれない。

急ぎ足で光の世界にいる観音様のところに向かった。



観音様のお顔を見ていると、
心の内側からじわーっとこみあげてくる温かさに包まれた。

優しく微笑んでいるようなお顔にも見えてくる。


普段から信仰心などあまりないのだけど、
この時は、真っ直ぐにこの観音様のお顔を見ながら手を合わせていた。お願い


「ここに来れたことに感謝致します。ありがとうございます。」

と、何度となく呟いていると

耳の奥で言葉がこだまするように響いた。

「ここの水に触れていきなさい・・・。」と。

「水?」と思い辺りを見回すと

観音様のすぐ横には、湧き水が出ていた。



洞穴から出ている湧き水は清流となって鳥居の向こうまで流れていた。

綺麗な水の中に手を浸していると、
「蘇生」という言葉が何度も浮かんでくる。


闇の世界から光の世界の「水」に触れることで蘇るんだろうか・・・。



身に着けていたブレスレットや指輪&クリスタルも浄化してるあいだ、

「蘇生」の意味を探したくて、辺りをゆっくり見てみると
古い石塔のようなものを見つけた。



とても古そうだし、何だろう?と、

石塔の横に回ってみて謎が解けた。



 緑に覆われていて気づかなかったけど、

 よくよく見てみると、それはご神木が根元から折れて倒れていたのだ。



倒れた木に、命が生まれたくさんの植物が覆いつくしてる姿は

「蘇生」してるかのように思えた。

そこには、「循環の輪」が広がっている。

このご神木は、それまでの姿を変容させ、新たな命を生きている。

とても壮大なひとつの真理を見せてもらえたような場所。

不思議な観音様の世界に引き込まれ、光と闇の世界を体験した一日だった。

この地の精霊たちに、心からの感謝を伝えてお別れをし

霧島の温泉宿へを車を走らせた。

一時間ちょっとで着くだろうね、、と言いながら運転しておしゃべりしてるあいだ
わずか20分弱。

もう、霧島へと到着していた!!

ワープしたんじゃないかと思うほど驚いた。ゆう★

そう、きっと神話が色々と残る場所ではこんなこともあるのかもしれない・・・。

 
 翌日、 フェアリーランド「屋久島」へと向かった。羽








 

霧島神宮での参拝の後、
予定していた霧島峰へのトレッキングを変更して洞穴探検へと向かった。

地図からはさほど遠くもないし、

車のナビにもちゃんと特定できたしお気楽ムードで出発した。

すれ違う車もいないほどの山道をひた走ること40分経過し、

ナビの案内が、「到着しました。」と告げる。

ん? ぱんだ

そこは、細い山道の途中で洞穴の案内も何もない。

降りていける道があるんじゃない?と

車から降りて確認しても、そこは木々が鬱蒼と生い茂るばかりで道なんてない。

でも、ナビの地図には洞穴の名前も出てるし場所もあってる。

この近くなのは、間違いないのだ。


もう一度、来た道を引き返してみよう。

もしかしたら、見逃したかもしれない。


この往復を3〜4回ほど繰り返した・・・。ぱんだ

誰かに尋ねようと、
あたりを見回しても人の気配は全くなく鳥の鳴き声だけが響き渡る。

すでに1時間ほど、同じ場所を彷徨い続けていた。


ふと、「呼ばれてないのかもしれないなぁ・・・。」という思いがよぎる。


以前、聞いたことがあった。


呼ばれてない場所は、(共鳴してない場所)

ループに迷いこんだかのように、同じ道を何度も何度も巡り辿り着けないのだと。

その話しも、山の中だった。


このループから抜ける道を見つけないと、
永遠に帰れないような不安に気持ちになってくる。


ふっと、ハワイ島で同じようなことがあったことを思いだした。

その場所にいる精霊に尋ねたら案内してくれたことがあったのだ。

心の中で、この地の精霊に語りかけてみる。

前置きとして、
「呼ばれてないのであれば帰ります。」ということも伝えた。

こうなれば、ナビ機能なんて役にはたたない。

ナビの地図からも、洞穴を示してる場所からどんどん離れていくが

道を引き返して、新たな道に進む。
何となく、こっちですね・・・。という感覚のまま進むこと数十分。

少し開けた道に出て、そこに小さな木で何かが書かれていた。


「溝口洞穴」→ あちらです。の看板発見。ゆう★


この看板の発見からは、
道ごとに示してくれる案内版はなく、

何となくこっちですね→という感覚を頼りながら、


ひたすら山道を分け入って行くと、そこにゴールを示す赤い鳥居があらわれた。



辿り着けた「溝口洞穴」は、
遥か遠い遠い昔にタイムスリップしたような場所だった。



鳥居をくぐると、そこには大きな洞穴、倒れたご神木。

その傍らには、微笑む観音様が・・・。



 

翌朝、お天気は雨模様。

少し気分は下がるものの、窓から見渡す霧島の山は壮大で美しかった。

早めにホテルを出発して
この地の神様に、ご挨拶へと向かった。

建国神話の主人公である瓊々杵尊(ニニギノミコト)を祀った霧島神宮へ。

創建が6世紀と古い歴史を誇る神社です。





はるか昔・・・。
神々がこの世を治めていた神話の時代。
天上界から下界を覗くと、霧に煙る海の中に島のように見えました。

神々は、一本の鉾を取り出しその島に印をつけたのだそうです。
それが、霧島連山の名前の由来なのだと言い伝えられています。

霧島連山は全国でも有数の霊峰です。

その時神様が、逆さに落とした鉾は見事山頂に突き刺さり、

現在、高千穂の山頂にある「天の逆鉾」はその時の鉾だと言われています。
 

amanosakahoko




樹齢約800年のご神木にもご挨拶。



本殿でお参りをし、おみくじを引いてみると久しぶりの大吉!

「何事にも繁盛して心のままにあるけれど、心に油断があってはならない。
只今より来年のことをよくよく考えなさい。」とのお言葉。

来年のこと・・・。

あまり考えてなかったです・・・。

有難く頂いた言葉を胸に刻み、本殿から脇道に入り山を散策。

霧が漂いはじめ
神話の世界に迷いこんだような気分になってくる不思議な森。



霧島七不思議というのがこの辺りには点在している。

約束を守らなかった「亀」が、神様の怒りに触れ
岩にされてしまったという「亀石」。




岩の間から僅かな風が吹き、
その奥を見ると石の観音様が微笑んでいたという風穴。




覗き込んみたけど、観音様は見えず・・・。

すべての七不思議を制覇できなかったので、また次回チャレンジすることに。

神様のご挨拶も無事に済ませ、

あの洞穴へと向かった。
                    

その不思議な観音像に出会ったのは、とても山深い洞穴のある場所だった・・・。



夕方、4時30分鹿児島空港に到着。天候は曇り。


今回の旅は、「鹿児島&屋久島」で山をトレッキングするのがメイン。


今回のプランは、サロンにいらしゃったお客様の影響だった。


なぜか、昨年から「屋久島」に旅をしてきた方が多くいて、
その話しを聞いてると、どうしても行きたくなったのだ。


空港から、
レンタカーを借りるための手続きをするために営業所へ向かった。


鹿児弁?というのか、
その言葉のイントネーションになぜか、ハートにくすぐられた。


沖縄とは、また絶妙に違う。


「音」の響きが、こそばい。(へんでしょ。でもこそばい感じなんです。)


お兄さんの説明もそっちのけで、半笑い状態のまま聞きいってしまう。

で、すぐにそのイントネーションが移ってしまう。(変なクセです。)



そして、手続きを終えて


店を出ようとしたとき、なぜかテーブルに置いてある冊子が気になったので
何冊かもらって車に乗り込んだ。

地元のお店紹介がメインに載っている。

冊子に書かれていることに目新しいものがないものかと、ページをめくるが
これといった情報もなく、すぐにページを閉じた。


その閉じた背表紙の写真に、目が釘付けになった。

そこには、神秘的な洞穴と光に満ちてる写真。

しかも、その近辺にある2つの有名な滝とその洞穴を結ぶと
とても綺麗な三角形が現れるというのだ。


「ここだ!!ここに行こう!」と、

空港に到着してわずか1時間もしないうちに、

次の日からの旅のプランが大幅に変更された。


どこの国でも、どこの土地に行っても
そこの空気や風、地のバイブレーションを感じてみると思わぬ発見が沢山ある。

ネットや本だけでは、感じれない知ることのないこと。

鹿児島空港から、ホテルまでのドライブの間ずっと

今までに感じたことのないくらい、地のエネルギーの「音」が

お腹の深いところでこだまのように響いていた。

これが、桜島の火山の影響というものなんだろうか?

私の暮らしている場所は、海の近くで常に「水」の気を感じながら生活している。

火のエレメントの凄さに、身体全部が反応して

鹿児島滞在中、ほとんど寝つけない状態になってしまい仮眠程度となってしまった。

そんな経験も、行ってみて初めてわかったことだったり。

鹿児島の夜の街は、とても賑やかでどのお店も鼻のセンサーが反応する。(美味しい店を見つけるの得意です。)

何日か滞在したいほど魅惑的。

もう、この時点で絶対に次も「鹿児島」にしよって決意。

それほど、この鹿児島が大好きになった。

ホテルで温泉に浸かりながら、明日向かう場所に思いを馳せた・・・。


                   後編へ続く。





















その観音様に出会ったのは、山深い洞穴のある場所だった・・・。






 


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